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じっぽ当直日誌・スーパーマイルド@はてな

『さるさる日記』から続く、中年内科医の日常日記。これまでの分はこちら。http://touchoku.jugem.jp

NHKの『にっぽん紀行「29歳で逝ったあなたへ~東出昌大 伝説の棋士を巡る旅~」』を観た。

祝日だったので、長男・次男と一緒に久々に男三人で出かけた。
ゲームセンターのクレーンゲームが上手になった長男と「これに乗りたい!」とアンパンマンの乗り物に乗るも、すぐに「こわい」と降りたがる次男。
昼食はフードコートで食べたのだが、次男が水をこぼしてしまい、それをタオルで拭いていたら、次男が「ふきふきする!」とタオルを手にとって、床にこぼれた水まで自分で拭きはじめた。
こういうのも保育園で教えてくれているのだろうか、最近どんどん社会的な能力が成長してきているような気がする。
とか考えていると、すぐにフードコートでダッシュしてニヤニヤしながら逃げ回ったりするんだよな、本当にもう。
帰りの車のなかで大騒ぎしていたと思ったら、いつの間にか寝てしまった顔をみて、まだまだだよな、とか。

夕方、NHKの『にっぽん紀行』で、故・村山聖九段の足跡を東出昌大さんが辿る、という番組をやっていた。
5歳のときにネフローゼという腎臓の病気と診断され、「中学も高校も行かずに将棋をやる」と言っていったという村山聖。13歳のときに大阪の将棋会館の近くにひとりで移り住み、ひたすら将棋の勉強をしていたという。
その4畳半の部屋はいまでも「聖地」として、多くのファンが訪れているそうだ。
いろんなものが雑然と散らかっている村山聖の部屋の写真をみると、なんだかちょっと親近感がわいてくる。
村山さんと羽生さんの最後の対局の実際の映像が紹介されていたのだが、映画で「痛恨の大落手」と言われた手でほぼ勝ちを手中にしながら敗れた村山さんが、試合後のインタビューで「時間のない将棋ではよくあることですから」と、画面越しには淡々としているようにみえる表情で語っていたのが印象的だった。
先輩棋士がなかなか奨励会を抜けられずに苦闘していたとき、勉強のために村山さんと一緒に指していたのだが、村山さんにまったく勝てなかったとき、「朝までつきあいますよ」と、けっして丈夫ではない身体で指し続けたという話や、奨励会の年齢制限でプロになれずに退会が決まったとき、酔って「あなたは負け犬だ」と言って、先輩は殴らずにはいられなかったというエピソードを当事者から直接聞くと、『聖の青春』を読んでいたにもかかわらず、感慨深いものがある。
師匠と通っていたという定食屋のご主人夫婦の話を聞くと、村山聖は、少なくとも「孤独な勝負師」ではなかった、いや、多くの人に支えられていたのだと思う。
大崎善生さんは「彼はよく、病気がなければ将棋に出会うことはなかったから、そのふたつは自分にとって同じもの(切り離せないもの)だと言っていた」と思い出を語り、師匠の森信雄さんは「いつかふたりで、年を取って、お前(村山さん)も弱くなったな、とか言いながら指すのが夢だった」「でも、やれるだけのことをやって、彼は幸せだったと思う」と東出さんと将棋を指しながら故人を偲んでいた。
村山聖という人のことを考えるたびに、僕は自分が彼の1.5倍くらいすでに生きているのことが、ちょっと申し訳なくなってしまう。
もちろん死にたくはないし、まだ死ねない、とは思うのだが、死なないことと生き抜くことは違うのではないか、と。
案内役の東出昌大さん演じる羽生善治さんと村山聖役の松山ケンイチさんがクライマックスの対局シーンの撮影後、ふたりとも精魂尽き果てたようにぐったりしている撮影風景が番組内で紹介されていた。
棋譜も全部覚えていたのだなあ、役者もすごい仕事だ。
彼らもまた、演じることに闘っているのだ。

22時に就寝。

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