じっぽ当直日誌・スーパーマイルド@はてな

『さるさる日記』から続く、中年内科医の日常日記。これまでの分はこちら。http://touchoku.jugem.jp

吉澤ひとみさんの「飲酒ひき逃げ」に、やってはいけないことに引き寄せられてしまう、人間の脆さを思う。

 元モーニング娘。吉澤ひとみさんが「飲酒ひき逃げ」で逮捕されたというニュースに唖然とした。
 吉澤さんは、弟を交通事故で亡くしているのに、なんで飲酒運転なんて自分にとっても他の人にとっても危険なことをしてしまったのか。
 朝早い時間の事故だったので、前日のお酒が抜け切れないのに気づかずに運転していたのか、とも思っていたのだが(それでも許されるわけではないけど)、呼気からは基準値の4倍近いアルコールが検出されたらしい。それはさすがに「気づかなかった」では通るまい。
 ネットでの「弟さんを交通事故で亡くしているのに、なんでこんなことを……」という反応に対して、そう言いたくなる気持はよくわかるけれど、人間というのは、「これだけはやってはいけない」と日頃から自分に言い聞かせていることに、かえって引き寄せられてしまうところがあるのではないか、という気もするのだ。
 酒癖が悪かった父親をみてきたはずなのに、自分もアルコール依存になってしまう人、親に虐待されてきたのに、自分も子供を虐待してしまう人。もちろん、こういう場合は「自分の親以外はわからない」というのが基盤にあるのだけれど。
 こんなことを考えてしまうのは、原民喜という作家が、鉄道自殺を極度に恐れていたにもかかわらず、結局、その方法で自殺してしまった、というのを最近読んだから、でもある。
 これをやってはいけない、と強く意識しつづけることは、結果的に、「そのことへの強い興味」を生んでしまうのかもしれない。

 ただ、被害者が比較的軽症であったというのは、本当に不幸中の幸いだった。
 吉澤さんの場合は「自業自得」ではあるのだけれど、世の中にはお酒を飲んでいるわけでもなく、疲れで、一瞬だけ気が逸れたときに事故を起こして、人を殺めてしまって人生を台無しにした人だって、大勢いるのだ。飛行機のパイロットのように、体調管理をしっかりしたうえで車に乗っている人ばかりなら良いのかもしれないけれど、現実的にはそうもいくまい。
 運転していると、フラフラしている高齢者なども少なからずいて、不安になることもある。
 経緯や責任の所在はどうあれ、人を轢くという行為は、人生を変えてしまう。
 轢かれる側は、それどころじゃないだろうけど。


 10年以上前、運転中に脳出血を発症し、高速道路の中央分離帯に猛スピードで激突した患者さんが運ばれてきたことがある。
 その人は助からなかったけれど、もし、同じことが幹線道路での運転中や登下校中の子供たちの集団の前で起こっていたら……
 急病なのだから、本人のせいではない(もちろん、日頃の体調管理が悪い、と言えなくもないけれど)。だが、被害を受けた側は、悲しみや憤りをぶつける場所がない。運が悪かった、で受け入れられるのか?それはそれで、被害を受けた側は、あまりにも救われないのではないか。


 運転は、怖い。
 そして、プロセスはどうあれ、今回の事故では、被害者が軽症であって、本当に良かったと思う。
 もっと運転者の落ち度が少なかったり、ささいな判断ミスであっても、人が死ぬときは死ぬし、なんのかんの言っても、被害が少なければ、人間は寛容になりやすいものだ。もちろん逆もそうで、結果が最悪ならば、ミスが軽微でも、あるいは、本人の責任がほとんどなくても、赦されることは難しい。

 僕は『空飛ぶタイヤ』という映画を見終えて、しばらく考えていた。
 タイヤが突然外れる事故が自動車メーカーの構造上の欠陥からきたものだと認識されたことによって、あの車を運転していたドライバーは、罪の意識から解放されたのだろうか?と。
 もちろん、「少しはラクになった」のだとは思う。
 でも、もし運転していたのが自分ではなかったら、とか、あれこれ考えてしまいそうな気はするし、「じゃあ自分は無罪ってことで」と気持を切り替えることも難しいのではないか。
 「運」とか「巡り合わせ」というのは、きっとある。自分ではどうしようもなくても。
 吉澤さんにとって、今回の事件は「芸能人としてはともかく、人間としては、取り返しがつくもの」であると良いなと思う。

 飲酒は人間の心の抑制を外してしまうのだから、自動車メーカーも「ドライバーが呼気チェックを受けないとエンジンがかからない車」を標準にすれば良いと思うのだが。今のテクノロジーなら、すぐに造れるはずだ。
 実際は、そういう機能にお金をかけようとしても、メーカー内でも消費者も、積極的に支持してくれないんだろうな。


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空飛ぶタイヤ 上下合本版

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