じっぽ当直日誌・スーパーマイルド@はてな

『さるさる日記』から続く、中年内科医の日常日記。これまでの分はこちら。http://touchoku.jugem.jp

安曇野市の特別養護老人ホームでの事故への地裁判決について

 長野県安曇野市特別養護老人ホームで、入所者の食事介助の際にドーナツをのどに詰まらせ、1ヵ月後に低酸素脳症で死亡させたということで、業務上過失致死罪に問われていた准看護師に罰金20万円の判決が出た。
 食事介助というのはそんなに簡単なものではないし、僕だって最近ムセることが多くなったのに、嚥下が不安定な高齢者に食べさせるというのは、かなりリスクが高い行為ではある。ただ、この件に関しては、リスクを考慮してドーナツがゼリーに変更されていたのを見落としていた、というのも問題ではあると思う。現場的には、ものすごく忙しくて、情報伝達がうまくいかないという事例は、少なからずありそうだけれども。
 この裁判に関しては、医療関係者などから、これで有罪になっては、嚥下が不安定な高齢者に「食べさせる」ということに、どんどん消極的になってしまう可能性もある、ということで、反発の声があがってもいたのだ。
 たしかに、高齢者の食事介助は、誤嚥のリスクが高い一方で、意識がある人なら「食べたい」という人が多いし、家族も「食べさせてあげたい」と希望する場合が多い。食べられないとなると、経管栄養や胃ろう、あるいは点滴という選択になる(ただし、どちらの方法にもデメリットはある)。 
 相手は人間なのだし、人が多くて忙しいからという理由で、申し送りのミスがあってはならない、あるいは、医療の現場では、患者さんは弱者であり、守られなければならない、という判断なのだろうけど、「介助が必要な入所者が他にも多くいたことや、職員間の情報共有体制も不十分だったとして、『責任がすべて被告にあるとは言い難い』ということであれば、この被告は貧乏くじを引いただけ、と司法の側も考えているようにも感じる。
 こういう場合に、「申し送りの不備には問題があったけれど、これからは気を付けてくださいね」くらいで無罪にはできないのだろうか。
 おそらく、介助中の窒息だけなら、有罪にはならなかったし、そうなっては、さすがにやってられないと思うのだが、ゼリーを食べさせる予定だったのがドーナツになってしまった点は(細かく刻まれてはいたらしいのだが)、誤りではあったのだよなあ。
 しかし、20万円、という「罰金」は、命の値段としては安すぎるし、「とりあえずミスがあったから有罪」みたいな判決は、裁かれる側にとってはたまらない。「業務上過失致死」とは言うけれど、介護にあたる人たちの待遇は、重い責任を問うのはかわいそうなほど劣悪だし、特養の入所者は、ほんの少し身体のバランスを崩しただけで、致命的な状況に陥ってしまう。
 いまの日本の社会情勢を考えると、「高齢者を自宅で介護する」というのをみんながやると、介護で働けなくなる人ばかりになるし、ほとんどの人は、リスクをある程度受け入れる覚悟で、施設に任せる、というのが現実的な選択肢なのだと思う。家族が介助・介護しても、転倒や誤嚥は、起こるときには起こるし、身内だからこその介護ストレスというのも大きい。この事例、家族が「だいじょうぶそうだから、ドーナツでも食べさせてみようか」と試みたのであっても、「有罪」なのだろうか。
 こういう判決が出ると、ギリギリ経口で食べられて(食べさせられて)いた人に対しても、スタッフから「怖いから経管栄養か胃ろう、点滴にしてください」と言われることが増えるのだろうな。そして、医療関係者は「なんで食べさせてあげられないんですか!」と家族から責められる。食べられる喜びと誤嚥するリスクはトレードオフなのだが、それを受け入れられる人ばかりではないのだ。