じっぽ当直日誌・スーパーマイルド@はてな

『さるさる日記』から続く、中年内科医の日常日記。これまでの分はこちら。http://touchoku.jugem.jp

「令和」vs「エイプリルフール」

 新年度開始。職場にも新しい人が入ってきた。個人的には、朝礼に遅れなくてよかった。とりあえず悪目立ちしたくない人生。
 外来をやっていたら、お昼前に待合室で大きな声があがったので、新元号発表か、と思ったら、転んだ人がいたからだった。
 テレビとネットでは「令和」フィーバーというか、大喜利みたいな感じになっているのだが、正直、元号というのがいちばん盛り上がるのは発表のときで、しばらくは、「平成31年」と……いや違う、「令和元年」か、いや、「令和1年」なのか?平成のときはどうしていたっけなあ……と混乱し、しばらくして慣れてくれば、「えーと……平成15年って、西暦だと何年だったかな……ああ、また検索しなきゃ……」とめんどくさがることになる。合理性を求めるのであれば、西暦に合わせてしまったほうが良いのだろうけど。人っていうのは(もちろん僕も含めて)、こういう大イベントに対して、直前までは斜に構えていても、それが目の前にやってくると、熱狂してしまうものなのだ。2020年の東京オリンピックもきっとそうなるだろう。太平洋戦争だって、ずっとほとんどの日本人が戦争をしたがっていたわけじゃなくて、開戦前まで「やめたほうがいい」と言っていた人は大勢いたらしい。一度、熱狂の渦みたいなものができると、それを誰かが個人で押しとどめることは不可能なのだろう。「令和」は、とりあえず身近な人が戦争で死ぬような時代にはならないでほしい。多くの書物で、なんのかんの言っても、人類は全体として幸せなほうへ向かっているのだ、というデータが紹介されている。それでも、災害は起こるし、個人的な幸不幸は避けられないのだが。
 夕食にバイキング料理の店に出かけたのだが、まだ6時過ぎくらいだったのに、店内は満席で1時間待ち、ということで断念。そういえば今日は新年度最初の日で、エイプリルフールでもあったのだ。春休みでもあるし。エイプリルフールというのも、最近はすっかり廃れたなあ。普段から、世の中にはフェイクニュースが溢れているし。むしろ、「本当のことしか言えない日」をつくるべきではないのか。


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FACTFULNESS(ファクトフルネス)10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣

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