じっぽ当直日誌・スーパーマイルド@はてな

『さるさる日記』から続く、中年内科医の日常日記。これまでの分はこちら。http://touchoku.jugem.jp

フジテレビの長すぎる夜


 2025年1月27日。
 また月曜日がやってきた。同じ24時間のはずなのに、休みはなぜこんなに早く終わるのか。というか、PS5の『メタファー・リファンタジオン』で夜更かししすぎ。もう少し先、キリが良いところまで、と思うと、そこでまた「忘れないうちにやっておきたいクエスト」が出てきて、それを繰り返しているうちに26時とかになってしまった。やりかけの面白いゲームがあるというのは、日常の支えになってくれるものではあるけれど。

 年明けはインフルエンザの大流行を危惧していたのだが、最近新型コロナの感染が増えてきている。以前の大流行時ほど状態が悪くなる患者さんはいないが、感染力の強さには辟易する。

 夜にフジテレビ上層部の会見。少しだけ観たけれど、自己アピールしたい記者と、こういう場で「本当のこと」を言うはずもないフジテレビの偉い人たちのやりとりを観ていてもどうしようもない、としか思えなかった。性的なことって、当事者でも相手の感情を誤解していることは少なくないだろうし、「局のため、会社のため」あるいは「親睦を深めて雰囲気を良くするため」みたいな、会社からの命令じゃない同調圧力みたいなものって、どこまで責任を問えるものなのだろうか。「面白くなければ、テレビじゃない」と言っていた時代のフジテレビはあの時代の象徴みたいなもので、いまの徹底した成果主義、結果を出せればプロセスは問わない、みたいな社会は「フジテレビの残照的」でもある。
 その一方で、「もうこんな世界であくせく働いて消耗してもスタートで出遅れたら挽回できないし、自分の消費も幸福もディスカウントして、無理せずに生きる」という人たちも増えてきた。

 偏差値が高い大学を出て自分の力を社会に見せてやろう、と思っている人もいれば、「自分は勉強ができるわけではないし、ルックスや性的アピールという長所を活かして生きていく、のしあがってやる。それの何が悪い?」と考えている人もいる。

 医者になってみて困惑したのは「価値観が違いすぎる人に説明・交渉せざるをえないこと」だった。理屈は、自分の言葉が通じる相手にしか効果がない。

 僕は子どもの頃から「自分は見た目も悪いし運動音痴。消極的でネガティブ思考だから、勉強が少しはできることを活かして生きていくしかない」と自分に言い聞かせてきた。おかげで、そんなになりたくもなかったが食べるのには困らない、気は滅入るし理不尽に責められるし夜眠れないがゲームソフトを買うのに躊躇うことはない、自分の子どもに薦めるのは躊躇うが「やめとけ」とも言いづらい、そんな仕事を50過ぎまでやってきた。

 頭を使うのが善で、性を利用するのは悪なのか、後者には節度が求められるのか。頭を使う仕事なんて、すぐにAIに代替されていく。でも、性的な仕事は人間ならざるものが代替可能なのか(趣味嗜好によっては代替可能な場合もあるだろうけど)。
 
 たぶん、芸能界の「あちら側」には、有名になるとうんざりするほど言い寄られてきて、それが当たり前の世界があるのだと思う。
 そして、人間にはいろんな面がある。人権活動家が身内やスタッフにハラスメントを繰り返していた、なんていうのは珍しいことではない。

 まあ、望月衣塑子記者があれだけやりたい放題やって、それでもクビにもならず同じことを繰り返している日本という国は、いたたまれないけれど、まだおおらかで自由でもあるのかもしれないな。最近はむしろ生きたネットミーム化しているようにも見える。それにしてもメンタル強いよな、それともレセプターがぶっ壊れているのか。
 ジャーナリストだって、理想を追求している人もいれば、自己表現とか有名になりたい、お金が欲しい、という理由で仕事をしている人だっているだろう。医者もそうだよな。

 25時に就寝。


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