2025年2月18日。
今年はちゃんと日記を書くつもりだったのに、なんだか忙しい+書く気分になれなくて、いつの間にか時間が経ってしまっている。
長年ブログを書いていて思うのは、いちばん書きたくなるのは、ものすごく忙しいときで、時間に余裕があるときには後回しにしてしまうし、中途半端に忙しいときには書く余裕がない。
『ぼっち・ざ・ろっく!』の2期や『とある科学の超電磁砲』の4期が発表されて、とりあえず少し長生きする理由ができたな、と思うのだが、その一方で、『ぼざろ』は、あれで一区切りだったからこそ良かったのではないか、とも考えてしまう。バンドをはじめて、ライブハウスや学園祭でステージに立って、さあこれから。
プロを目指すのであれば大人の思惑やお金のこと、「売れる」ことに向き合わなければならないし、メンバーの「音楽性の違い」で揉めることだって出てくる。彼女たちの「成長と俗化」みたいなものをアニメで目の当たりにしていくのは、怖い。当たり前だけれど、青山吉能さんや長谷川育美さんが還暦になってまで「結束バンド」をやっているとは考えづらいし、バンドの人気はいつまでもピークではありえない。人気が落ちていったり、オワコンだと言われたりするのを見るのは悲しい。
物語に「終わり」があるのは正しいことなのだとは思う。映画『シン・エヴァンゲリオン』は、長年の僕のエヴァへのもやもやした感情に区切りをつけてくれたのは事実なのだが、「正しい終わり」を観てしまうと、昔のテレビ版の『エヴァ』を観ても、「どうせ最後はああなるんだしな」みたいな凪の感情になるのだ。エヴァには、長年のもやもやの蓄積があったから、たぶん、ようやく終われて、これでいいのだろうし、僕自身も「間に合った」という気持ちのほうが強いのだけれど。余生は、CMで、「あんたバーガー?」とか言っていればいいのだ。
子供だってそうだよな、いつまでも小さい頃のように、かわいい存在でいてほしいけれど、10歳の子供と40歳の親の関係が、40歳の子供と70歳の親まで維持されていたら、それは「気持ち悪い」としか言いようがない。エヴァ旧劇のアスカじゃないけどさ。
『ぼざろ』の2期は、斎藤圭一郎監督じゃない、というのも不安ではある。斎藤監督の間の使い方は本当にすごい。「沈黙」「静寂」を操る天才だと思う。アニメ『葬送のフリーレン』も久しぶりに円盤を買ってしまったくらい凄かった。
でも、これだけ求められているものを、「綺麗に終わりたいから」とつくらずに幕を引くよりも、リスクを承知で「期待に応える」ことを決めたスタッフを応援している。少なくとも、作品として世に出れば、それを観て、語ることができるのだから。
『メタファー・リファンタジオ』土壇場になって残り日数が足りない。攻略サイトを見ながらレベル上げをやっているが、なんかもう疲れてきた。
「真エンド」とかにこだわらなければ良いのだろうけど。
眠剤を内服して、25時くらいに就寝。
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