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じっぽ当直日誌・スーパーマイルド@はてな

『さるさる日記』から続く、中年内科医の日常日記。これまでの分はこちら。http://touchoku.jugem.jp

揺れに対して自分ができることがない、というのが、地震の怖さなのだな。

 夜中は一度目を覚ましたくらいで大きな余震も感じずに起床。
 とりあえず、生きていた。
 y嫁には「何度も揺れたよ、よくみんなあんなにグーグー寝ていられるなあ、と思った」と言われたのだが。
 次男を保育所に送り、仕事場へ。
 保育園の先生も「地震、すごかったですね」と。
 
 とりあえず外来はとくに大きなトラブルもなし。
 昨日の地震への対応で、ほとんど眠れませんでした、という患者さんもいた。

 夕方まで仕事をして、今日は早めに帰宅。
 仕事中も何度か小さな揺れがあり、落ち着かない一日だった。

 東京ディズニーシーの15周年セレモニーが、熊本の地震への配慮で中止になったということで、ネットではさまざまな反応がみられていた。
 当然だろう、という声もあれば、直接被害が及んだわけでもないのに、そこまでする必要があるのか、イベントを楽しみにしている人だっているだろうに、という意見もあった。
 たしかに、どこまで「自粛」すべきか、というのは難しい問題ではある。
 東京在住という人は、ネットに「九州で起こった災害で、死者も現時点では10名前後なのに、東京でも全局災害特番をずっと放送している必要があるのか?」と書きこんでいて、うーむ、と考えさせられた。
 今回は僕のような九州在住者にとっては「まずこの地震の情報入手が最優先」なのだけれど、直接影響がない地域で、そう思う人がいるのもわかる。
 僕も東日本大震災のとき、首都圏の計画停電とか電車の運行状況が九州でもトップニュースとして延々と流れているのをみて、「九州の電車の運休だったら、全国ニュースにはならないだろうな」と、斜に構えていたのを思い出した。
 こういうのって、「関係ない地方にも、大きなニュースだから最優先で伝える」べきなのか、地域性を考慮するべきなのか。
 ネットという広範にリアルタイムで伝わる媒体の存在が「批判を防ぐために、より用心深く多くの事例で『自粛』してみせるのが無難」というムードを生んでいるような気もする。

 夜は『名探偵コナン 業火の向日葵』を鑑賞。というか、長男はこの映画が大好きで、ずっと車の後部座席のテレビで観ているので、セリフはほとんど覚えてしまったのだよなあ。
 『名探偵コナン』も、終わりたくても、映画人気もあって、なかなか終われない作品になっているのではなかろうか。
 
 25時に就寝。
 ……したのだが、30分ぐらいで、けたたましい「緊急地震速報」の音が鳴り響き、大きく、ゆっくりとした揺れが続いた。何度も、何度も。
 食器棚の扉に、食器があたる音。
 僕の体感では、昨夜の地震よりも強い揺れだった。
 ネットで確認すると、震度5強
 その後も余震が続き、ほとんど眠れず。
 地震の怖さというのは、この揺れに対して自分ができることがなく(正確には、思いきって車に乗って、九州から出れば良いのかもしれないが……)、ひたすら、揺れがおさまってくれることを祈るしかない、というところにあるのだな。
 ひとりの人間って、本当に無力だ。