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じっぽ当直日誌・スーパーマイルド@はてな

『さるさる日記』から続く、中年内科医の日常日記。これまでの分はこちら。http://touchoku.jugem.jp

『ダリ展』で、「ダリに妻を奪われた男」のことを思う。

夜、腹痛でかなり苦しみ、寝たり起きたり。
調子に乗って、つけ麺を食べすぎたのがいけなかったのか。
これぞまさに「つけが回った」ってやつだな、とか思うが、自分で笑う余裕もなし。

朝、チェックアウトギリギリまでホテルに滞在したあと、国立新美術館の『ダリ展』へ。

salvador-dali.jp


体調は万全にはほど遠いが、会期は12日の月曜日までだし、今日は帰らなければならないので。
もう終了も近いということで、場内はかなり混み合っていた。
僕はダリの顔はすぐに思い浮かべられるのだけれど、ダリの作品についてはあんまり印象にない、というくらいのニワカだし、全部きっちり観ようとすると夕方になってしまいそうだったので、二列目から流し観るような感じになってしまった。
展覧会に行くと、いつも、「あと一歩絵に近づくために、倍の時間をかける必要があるのか?」と考え込んでしまう。
もちろん、近いほうがいいし、ガラガラなら言うことなし、なんだけど、費用対効果として。
展示をみていくなかで、ダリの長年のパートナーだったガラ・エリュアールをモチーフにした絵のコーナーがあった。
解説によると、ガラはもともと他の人と結婚していたのだが、ダリのパートナーに転向したのだそう。
僕はこういうのをみると、「ダリのほうが好きになっちゃったから、ごめんね」って袖にされたガラの前の夫(ポールさんらしいです)のことばかりあれこれ考えてしまう。
ダリとガラとの出会いは、アートの歴史にとっては幸運だったのだと思う。
だが、ポール・エリュアールという男にとっては、この上ない不幸だよなあ。
自分より才能も名声もある男のもとに妻が奔ってしまうなんて、そしてそれがアートの歴史のなかで「ドラマ」として語り継がれるなんて。
彼はそれを「シュルレアリスム」として消化できたのだろうか。
芸術家って、この手の話が「美談」のように語られることがあるのが、僕はいつも気に入らない。

ダリの作品のなかで、けっこう大きな『ポルト・リガトの聖母』というのがあって、僕はそれがけっこう気に入ったのだけれど、プレートを眺めていたら、「福岡市美術館所蔵」になっていた。
それを九州在住の僕が、東京の美術館で、大混雑のなか感心して眺めているというのは、ある意味「シュール」だ。
福岡市美術館には、シャガールやウォーホルもあるのだ。僕がチェックしていなかっただけで。
今回の『ダリ展』をみて、バブル期に爆買いしたのか、日本の地方の美術館収蔵のダリ作品がけっこうあることに驚いた。


お昼の新幹線に乗って博多まで。
博多駅で牛たん定食を食べ、書店に寄った。
お値段高めの牛たんを注文してみたのだけれど、厚ければ美味しい、というわけではないようだ。
食べものには適切な厚さとか、肉と衣のバランスというものがある。
こういうことを、半年に1回くらい再確認してしまう自分の学習能力の低さが恨めしい。
東京駅で『このミス』の2017年度版をみつけ、荷物になるから博多で国内1位の作品と一緒に買おうと思っていたのだが、博多駅丸善にはまだ今年度の『このミス』は入荷していなかった。
紙の本には、まだ少し東京と博多にも時差がある。
書棚に国内1位の作品を見つけ、購入して帰宅。
週明けには、『このミス』と一緒に、博多の丸善でも平積みになっているはず。

なんとかさまざまなミッションをこなし、21時に帰宅。
さすがにくたびれたので、24時すぎには就寝。
お腹の不調は、いつのまにかおさまってしまったみたいだ。


このミステリーがすごい! 2017年版

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