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じっぽ当直日誌・スーパーマイルド@はてな

『さるさる日記』から続く、中年内科医の日常日記。これまでの分はこちら。http://touchoku.jugem.jp

蜷川幸雄さんへの弔辞を聞きながら、「パワハラ」と「厳しい指導」の境界について考えていた。

 午前中外来、午後から病棟業務など。
 夕方、仕事を終えて帰宅し、勉強会のための論文を読んでいたら、長男からのSOSで新居に出動。
 忘れ物が多いのは困りものなのだが、小学生というのはこういうものなのか、それとも、この子の問題点なのか。

  夜、蜷川幸雄さんの葬儀の様子をテレビで観ていたのだが、藤原竜也さんの弔辞にもらい泣きしてしまった。
 藤原さんを見出したのは、蜷川さんだったんだよなあ。
 いまや、日本映画界のクズ役を一手に引き受けている藤原さんのルーツが、世界のNINAGAWAというのも、ちょっと面白い。というか、「悪いヤツの役」をキチンとやれる人は、意外と少ないのかもしれない。エンターテインメントというのは、悪いヤツがちゃんと憎たらしくないと、成立しないのだ。プロレスでも、悪役レスラーの役割が大事なように。
 稽古場で役者たちに罵声を浴びせたり、灰皿を投げつけたり、という蜷川さんのエピソードは、現代的な感覚でいれば「パワハラ」だと思うのだが、こうして「蜷川さんのおかげで今の自分がいる」と絞り出すように感謝の言葉を捧げている有名役者たちをみていると、パワハラと「厳しい指導」の境界って何だろうか、と考えずにはいられない。
結局のところ、プロセスはどうあれ、結果が出れば「正解」なのだろうか。
それとも、蜷川さんももっと友好的な指導を行うべきで、あれはやはり「パワハラ」として糾弾されなければならないのか。
80歳で亡くなって、これほど「現役のまま逝った」感じがする人も、あまりいないだろうと思う。
蜷川さんの出棺の際、参列者からは大きな拍手が湧き上がったそうだ。
蜷川さんは、演出家として生きたが、人生においては役者だったのかもしれない。


 24時に就寝。