じっぽ当直日誌・スーパーマイルド@はてな

『さるさる日記』から続く、中年内科医の日常日記。これまでの分はこちら。http://touchoku.jugem.jp

ビワハヤヒデの思い出

 夕方、激しい雨が降ってきてどうなることかと思ったが、仕事終わりには小降りになっていた。それにしても、今年は雨が多い。外来をやりながらカレンダーを確認したら、今日は7月21日。例年なら子供たちの夏休みがはじまる日なんだよなあ。 
 ビワハヤヒデの訃報。30歳というのは、馬としては長寿だし、そもそも老衰で寿命を迎える競走馬というのはごくわずかだ。
 ビワハヤヒデは、僕が競馬をみはじめて、まだ馬券を買っていなかった頃に大好きだった馬だ。なかなか勝てずに2着続きでもどかしかったのだが、岡部騎手を背に3歳秋から連勝街道を突き進み、菊花賞でG1制覇。当時は、血統的に菊花賞の3000mは長いのではないか、と言われていたのだが、そんな不安を吹き飛ばす圧勝だった。けっして長距離馬ではないこの馬に翌年の春の天皇賞も勝たせた岡部騎手の腕も、すごく印象に残っている。3歳の有馬記念では、岡部さんが乗っていたトウカイテイオーの奇跡の復活で2着に敗れたのだが、岡部さんが「テイオーに負けたんだったら、仕方がないね」と言っていた(らしい)のを覚えている。あのレースでのトウカイテイオーの馬券は、たぶん、僕が100回生まれ変わっても買えないな。
 翌年の秋、オールカマーを快勝したあと、秋の天皇賞で怪我をしてそのまま引退。圧倒的な人気で、僕もビワハヤヒデが勝つものだと思っていた。オールカマーからのローテーションは秋の天皇賞では良績がない、というのが唯一の不安材料だったのだが。あのまま無事だったら、1歳下の弟、ナリタブライアンとの直接対決を観ることができたのだろうか。
 その翌週の菊花賞で、杉本清さんが「弟は大丈夫だ!」と連呼していたのを思い出す。兄は、大丈夫じゃなかった。
 ビワハヤヒデナリタブライアンパシフィカスを母にもつ兄弟は、ナリタブライアンの早逝もあって、種牡馬としては成功できなかったが、僕にとっては競馬をはじめた頃に好きになった馬でもあり、記憶に残り続けるだろう。
 あらためて考えてみると、ビワハヤヒデは馬としては長寿だったけれど、僕よりはずっと遅く生まれているわけで、人間というのは、馬の世代交代を長い期間、神のような視点で見守っているわけだ。もしかしたら、人間をそんな感じで見守っている存在がどこかにいて、「もうこのゲーム飽きたな」ってリセットされたら、すべてが消えてしまうのではないか、なんてことを昔からときどき考えていた。


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